Recent Trackbacks

他のアカウント

2014.12.10

織物完成



ここで完成としました。一週間くらいかかりました。

特別こだわったところはありませんが、

毎回次の色を決めるときにいろいろ考えました。

両脇が反らないようにゆとりを持たせたはずなのですが、

押し下げたときに引っ張られてしまったようです。

2014.11.03

CD詳細

長年の夢だったCDができました。

アマゾンでのご購入

Yahoo!ショッピング

 

1.プレリュード ハ長調 J.S.バッハ

この曲は随分前にある方が講演会の後にライアーで演奏されていたのを聴­いて、いつかは自分もあんなふうに弾けるようになりたいなと思っ­て憧れていた曲なのです。しかしいざ練習を始めるとなかなか手強くて­、1パートずつ覚えながら、まるで1段ずつ積み木を積み上げてい­くような感じで覚えていきました。運指も自分なりに工夫をしてみ­ました。それまではライアーを弾くのに「親指は使わないものよ」­みたいな思い込みがありましたが、必要に迫られて「ああっ、こん­なところに親指があるじゃないか」みたいな発見があって、それか­らは意識的に親指を使うようになりました。ほとんどの弦を使って弾く曲なので、音が狂っている弦もわかりま­すし、今では指慣らしのためにほとんど毎日弾いているほど、私に­とってはとても大切な曲です。

0521_64

2.ゲールの歌 W.フリーベ

1台のライアーでメロディーと伴奏を同時に演奏した曲です。アイルランドやスコットランドでごく少数の人がゲール語を話すことができるそうです。

0521_74DSC01959i

3.お星さまとお日さまをこえて エドムント・プラハト

この曲には2つの思い出があります。スイスに彫刻の勉強のために­留学していたとき、ズンナ・ホフマンという同級生の女性にライアーを習っ­ていたのですが、習い始めて少したってから障害者のグループホーム­へ出張演奏に行った帰りに、彼女の友人がシュタイナー医療を行うイタベークマン・クリニ­ックで出産したからお祝いに行こうということになりました。そこにはピンクの­天蓋に覆われた可愛いベッドがあり、うまれたばかりの眠っている赤ちゃんに、とても小さ­な音で、とてもゆっくりとこの曲を弾いてあげたことがありました。もうひとつはだいぶ前の話になりますが、6年生の子どもたちと一緒­にライアーを作って、その音色を皆さんに披露しようということで­、ライアーコンサートのひとコマをいただいたのですが、とても小さ­な音しか出ない楽器なので、お客さんたちが皆さん聴こうとして耳­をすました瞬間、会場にシーンと静けさが充満したのが、演奏して­いてはっきりと感じ取るという経験をすることができました。

0521_82DSC01967i

4.天の国から J.S.バッハ

「天の国からここへ 良き知らせを伝えん 新しき良き知らせを それを歌い語ろう」というルカ伝第2章の歌詞があります。先日のあいち子育てフェスタ(2014年7月26日~27日)のときに、あらはし館のブースのところで私のCDを並べて店番をしていたら一人の女性がやってきて、このCDを演奏されているのは誰ですかとお尋ねになられたので、「はい、私です」とお答えしたら、その方が「実は私はヨガのインストラクターをしていますが、この曲をヨガをするときに使わせてもらっています」とおっしゃられてとてもうれしい気持ちになりました。

5.アダージョ A.コレリィ

以前ライアーのレッスンをさせていただいた方の紹介­­で、自宅の近くの総合病院に入院していた2人の青年と知り合い­ま­した。2人とも交通事故などで意識不明の重体でした。そんな­彼ら­に私のような者が何も出来るはずもないのですが、ライアー­を手に­集中治療室に通されました。沢山の計器につながれているベッドの前で、とても厳かな気持ちでこの曲を演奏さ­せていただ­きました。

6.アンダンテ W.A.モーツァルト

2005年に名古屋市で開催された、シュタイナー教育展・笹島サテライト会場のオープンで演奏させていただいた曲です。

7.グリーンスリーブス イングランド民謡

1台のライアーでメロディーと伴奏、さらにベースを加えて演奏した曲です。

8.思い出の庭 W.B.イェーツ

1台のライアーでメロディーと伴奏、さらにベースを加えて演奏した曲です。

0521_113

9.アーウィンに捧ぐ O.カロラン

メロディーのみから始めて、伴奏さらにベースを加えていった曲です。

10.主よ人の望みの喜びを J.S.バッハ

低音部との調和やコラール部の強調を意識して演奏しました。

0022

11.平均律クラヴィーア曲集第1巻 第24番より J.S.バッハ

この曲はキリストが十字架を背負ってゴルゴダの丘への道を登っていくありさまを、バッハがイメージして作られたものとして伝わっています。10年以上前にスイスのゲーテアヌムでこの曲を使ったオイリュトミーを観てから、弾けるようになりたいと思って練習しました。このアルバムのタイトル「祈り」は、この曲のイメージから名付けました。

12.マーチ ニ長調より J.S.バッハ

ライアーでの演奏曲はテンポのゆっくりしたものが多いですが、これはかなり早いほうの部類に入ります。低音部との調和を大切にしました。余談ですが、以前派遣演奏でバイオリンの方と一緒にクラブでこの曲を演奏したこともありましたが、ライアーは私をいろんなところへ連れて行ってくれる通行手形のようなものでもあります。

0521_100DSC01985i

13.春のあいさつ Nun will der Lenz uns grüßen ナイトハルト・ロイエンタール/W.フリーベ

ドイツの古い民謡(13世紀)です。厳しい冬から、暖かい風に乗って春がやって来る喜びを歌い上げます。

 

購入者さまの声

CD届きました!ああ、やはり村上さんは作家であり、作品を世に出す方だったんだなぁ、というのが強烈な第一印象です。この一弦一音にどれだけの労作が詰まっているのだろう、響きを紡ぎ出しているのだろうと・・・。なにより、木のあたたたかさ、いのちが感じられてきます。なんと表現したらいいのでしょう、楽器が鳴りたがっている響きをすっと取り出し、空間に解き放っているとうか。あぁ、言葉にならない。本当に、ありがとうございました!一曲目からの流れがすべてつながった感じで。終曲の、ゆったりした「あいさつ」で完全ノックアウトです。「これだけでも聴いていただければ」なんてとんでもない、すばらしいプログラムでした。私も良く弾く曲もあったのですが、弾き手が違うと印象も深みもここまで違うのか、とかなりの衝撃を受けました。ライナー・ノート、CDを全部聴きおわってから開いたのですが、私が質問したかったことが全部書いてあって、もう至れり尽くせりだな、と。(Oさま)

 

CDが届きました。早速聴かせていただきました。いい響きですね。心が洗われるようです。ありがとうございます。ぼくは音楽といえばバッハという人なので、バッハが4曲も入っているのもとてもうれしく思いましたし、タイトルの「祈り」の由来を書かれていたゴルゴタへの道。とても沁みてきます。ベートーヴェンやシューベルトの晩年のピアノソナタにもそうしたシーンを思わせる曲がありますが、共通するものがありますね。コレルリの曲が入っているのもまた、なんと(^^) 愛聴盤になりそうです。(Dさま)

 

今日届きました。とても言葉にはできない美しい音。私もこんな風にやさしくおだやかにライアーを弾くことが出来たら… 東京で演奏されるのですね。生の演奏聴きに行きます!!(Yさま)

 

素晴らしく癒されます

このCDに込められている音楽には、音以上の気持ちが込められています。きいていてほろっと泣きたくなるような、あったかい気持ちになります。ライヤーという楽器を聴いたことがない方にもおすすめします。1人でゆっくりひっそり聴いていただきたいと思います。私は育児の合間に聴いて癒されています♪(Kさま)

2014.11.02

「彫刻、それは素材に生命を与える芸術」

彫刻作品を制作するとは具体的にはどのようなことなのでしょうか。私が平成18年11月24日~平成19年7月24日に渡って制作した「祈りびと」を例に挙げてみましょう。

これは高さ90㎝、直径30㎝程の丸太から彫り出した作品です。私がこれまでに手がけたものとしては最大のものです。材料が大きすぎて1人では取り回しができず、従来の作品ならば木工台の上に載せて固定してから彫り始めますが、それも不可能な大きさだったため、初めての試みでしたが、床に直に置いて木工台の柱に紐で結わい付けた状態で彫り進めていきました。

丸太の場合は外から見たときは大丈夫そうでも、内側の状態はどうなっているのかはわかりません。それは彫ってみないとわからないものです。さて、この材料の場合はどうだったかというと、まず硬さが均一ではなく、彫っていくうちにだんだん亀裂が生じました。しかも枝分かれしている部分が腐食しており、思わずどうしたものかと考え込んでしまいました。しかし私はこれらのアクシデントを+αの贈り物として捉えて、作品の味わいをより深めるものとして生かすことはできないだろうかと考えて、制作を続けました。

このように木彫の場合ですと、まず素材としての木材があり、それを作家が彫刻刀とハンマーを使ってだんだんとカタチを彫り出して完成させていきます。それは別の言葉でいうならば、まだこの地上に現れていないカタチを、地上の素材を使って顕現させる行為と言えるでしょう。制作過程はひたすら個人的で、かつ内的な作業がほとんどで、しかもそれが長期に渡ることもあり、孤独と忍耐が強いられます。正直、途中で投げ出したくなることもしばしばありますが、作品そのものが完成まで導いてくれるように思います。それは私が作品に対して微かではありますが、生命の灯を感じるからなのかもしれません。また時には勇気を試される場面にも出くわします。なぜなら一度削ってしまったものは、粘土と違って元には戻せないからです。ほんのわずかな変化でも、全体のバランスを大きく変えてしまいます。

そのような制作期間を経て、出来上がった作品はやがて個人の手を離れて、作家の意図とは関係なく、観る人にそれぞれに自由で、かつ個別の印象を与えます。

この作品は完成後に私にこんなイメージを与えました。「巡礼者があるとき啓示を受け、天を仰いで感謝の祈りを捧げる・・・。苦難に満ちた道のりではあるが、いつか差し入る光を求めて歩き続ける」。

IMG_0800

作品概要1

村上 智(むらかみ さとし)

1963年、名古屋市生まれ。1989年より98年までやまさと保育園(シュタイナー教育実践園・名古屋市)に勤務。1999年よりスイス・ドルナッハにあるゲーテアヌム彫刻学校に留学。在学中にズンナ・ホフマン(治療教育家)よりライアーを学ぶ。2002年、同校卒業後帰国する。現在は制作活動と並行して小学生から成人までの彫塑の講座を持つ。ライアー演奏、指導にも力を注いでいる。ライアー響会会員。名古屋市在住。

WEBサイトhttp://homepage3.nifty.com/~satoshi/b.htm

 

 

clip_image001clip_image003

 

 

作品名 霊へと至る萌芽
制作期間 平成15年3月11日 ~平成15年8月9日
材質 トネリコ
第1ゲーテアヌムの太陽柱柱頭のモチーフを制作者の意志によって変容させた作品。1つの源から発するインプルスが過去から現在、そして未来へのプロセスを経る中で無数の分離と結合を繰り返す。時に協調し合い、また反発しながらも新たなうねりを生み出し、未知の様態を表現し続ける。

clip_image005 clip_image007

 

 

 

clip_image009

ライアー

自らも演奏するこのライアーという楽器には格別の思い入れがあり、何度も制作を試ている。本昨品は1枚のトネリコの板からノミだけを使って形を探りながら彫り出したもの。形状による音色の変化や弦の張り方などが今後の課題として残った。本作品は現在土曜学校での彫塑の授業の前に歌の伴奏用として使っている。

今回写真は割愛したが、他にもライアーを立てる台、燭台、額、などの制作も試みた。本年はこの後、キリスト者共同体名古屋準備会より祭壇の7本の燭台の制作を依頼されている。

 

 

 

clip_image011 

作品名 初音 (はつね)

制作期間 平成16年7月15日 ~8月19日(粘土による模型制作)

平成16年8月24日 ~平成17年3月24日 (本作品)

材質 トネリコ

本作品は現在愛知県豊田市にあるシュタイナー医学を実践するクリニックに設置されている。ライアーを奏でる人物を表現した。本作品の持つ空間にライアーの清らかな響きが重なり合い、新たな印象が創造されるように試みた。

作品概要2

 
 

村上 智(むらかみ さとし・MURAKAMI SATOSHI)

1963年、名古屋市生まれ。1989年より98年までやまさと保育園(シュタイナー教育実践園・名古屋市)に勤務。1999年よりスイス・ドルナッハにあるゲーテアヌム彫刻学校に留学。在学中にズンナ・ホフマン(治療教育家)よりライアーを学ぶ。2002年、同校卒業後帰国する。現在は合同会社あらはし館共同代表。また愛知シュタイナー学園と名古屋シュタイナー土曜学校山里の森で小学生の彫塑と音楽の授業を受け持つ。ライアー響会会員。名古屋市在住。

WEBサイト http://www.satosch.com/

平成18年1月23日~平成18年6月13日

母子像

以前は厚板を何枚も貼り合わせてブロック状にしたものから彫り出すという手法をとっていたが、丸太から直接削り出した座像作品。新生児を腕に抱きかかえている女性。衣服のドレープの曲線で女性らしい柔らかさを表現しようと努めた。また子どもを支える手のしぐさは子どもへの深い愛情に満ちたものとなるように試みた。天界から授かった子どもを、母親が手を高く前に差し伸べて、自分の元へ受け止めようとしている心情をともに表現できたのではないかと思う。

clip_image002

 

 

平成18年9月4日~平成18年11月9日

母子像

高さ60㎝。初めての人物の立像作品。しっかりと子どもを抱き止めて、この子とともに前に歩み出そうとしている。母親の両手が子どもを優しく覆い、子どもは安心して母の胸で眠っている。母子を密着させることによって、より一体感を出したかった。母親の衣服の幾重にも折り重なった大きな襞は子どもを大切に包み込み、子どもを守る覆いとなっている。襞の流れが全体にアクセントをもたらしている。背面はすっきりとさせ、より中心とともに歩む意志を感じさせることが出来たのではないかと思う。

「祈りびと」と同じ木から彫り出した。

clip_image004

 

 

平成18年11月24日~平成19年7月24日

祈りびと

高さ90㎝、直径30㎝程の丸太から彫り出した作品。自身の作品としては最大。材料が大きすぎて1人では取り回しができず、従来の作品ならば木工台の上に載せて固定してから彫るのだが、それも不可能な大きさだったので、初めての試みだったが、床に置き木工台の柱に紐で結わい付けて彫り進めた。丸太は彫ってみないと中の状態がどうなっているのかわからないが、この材料は硬さが均一ではなく、彫っているうちに亀裂が生じ、しかも枝分かれしている部分が腐食していた。しかしこれらのアクシデントを+αの贈り物として、作品の味わいをより深めるものとして生かしたいと考えた。

巡礼者があるとき啓示を受け、天を仰いで感謝の祈りを捧げる・・・。苦難に満ちた道のりではあるが、いつか差し入る光を求めて歩き続ける。

clip_image006

 

 

平成18年7月14日~平成18年7月21日

ダルマ

ダルマなので揺すっても元通りに起き上がらなくてはならない。そのための構造には少々手こずった。二つに割った箇所を修正するために、初めて漆塗りで仕上げをしてみた。手も足も出ない状況から脱したいという願いも込めて制作した。

clip_image008

 

 

平成20年5月 キンダーハープ

アウディオペーデ(聴く器官の養成講座)での学びも並行して始め、より響きに対しての感受性が高まり、それが楽器作りにも反映された。

clip_image010

 

 

2006年に4月に第1回の作品展を行った。それ以前は抽象的なものから、より具象的なものへ作風が変化しつつある時期であった。外観は抽象的であっても、モチーフとしては内から外または外から内への力を表出したものであったり、時としてそれが自然界に存在する同様のものと結びつくこともあるが、彫刻作品としてそれを外観から感じ取ることができれば成功したと言えるだろう。それ以降の作品は人物像が多くを占め、具象的という範疇に収まりつつも、葛藤や混沌などと言った、より内面的なモチーフを身体のしぐさや顔の表情から表出できればと願いながら作品を生み続けている。

2013.06.24

彫刻と羊毛のコラボ展

2013 年6 月24 日 (月) より埼玉、東京、愛知、福岡、長崎で開催されますこのコラボ展は、人形作家である角口さかえさんと彫刻家としての私、村上 智による展覧会なのですが、そもそもどうやってこの催しを開催する運びになったかというところからまずはお話しいたしましょう。二人はこれまでに面識がなかったのですが、ソーシャル・ネットワーキング・サービスであるこのFacebookを通してお互いの作品写真の投稿を見て、芸術感覚の結ぶ縁で意気投合したという、極めて現代的な出会いから始まり、この企画に賛同してくださった友人たちの協力により実現可能となりました。
それでは私の専門分野である彫刻についてですが、彫刻作品を制作するとは具体的にはどのようなことなのでしょうか。木彫の場合だと、素材としての木材があり、それを作家が彫刻刀とハンマーを使ってだんだんとカタチを彫り出していく作業です。それは別の言葉でいうならば、まだこの地上に現れていないカタチを、地上の素材を使って顕現させる行為と言えるでしょう。制作過程はひたすら個人的で、かつ内的な作業がほとんどなのですが、出来上がった作品は個人の手を離れて、作家の意図とは関係なく、観る人それぞれに自由で、かつ個別の印象を与えます。
またこの展覧会で私は、自分にとってもう1つの重要な表現活動であるライアー演奏をいたします。楽器演奏は私にとって、自分を音楽の通り道として、その瞬間瞬間を外の世界に丹念に表現していくという、彫刻の制作過程とは全く異なる行為です。こちらもお楽しみいただければ幸いです。また期間中は角口さんの人形劇の上演もあり、小さいお子さんから大人の方まで幅広く楽しんでいただける、これまでにない展覧会になるのではと、今から期待でワクワクしています。

Facebookページへ

2013.6.24

2012.09.23

「シュタイナー芸術展を振り返って」(2012年9月21日~23日)

DSC03460

こちらの芸術展が開催されることは、2012年2月ごろ言語造形家の諏訪 耕志さんからのFacebookの情報で知りました。会場が大阪ならば私の居住地の名古屋からそれ程遠くなく、そもそも「シュタイナー芸術展」というものがこれまでありそうでなかったような企画だったので興味を覚えました。早速主催者の長尾さんに出展の意向をご連絡したところ、すぐに快諾していただきました。それ以降メールなどで連絡を取りつつ、9月20日の搬入の日を迎えました。勤務後に車に作品を積み込んで、名古屋から高速を走って大阪のドーンセンターへ向かいました。

065

持ち込んだ作品は、「祈りびと」「母子像」「胡桃の鉢」「幼児のための椅子」など。それから愛知シュタイナー学園6年生の彫塑の授業で制作していた作品も展示させていただきました。

長尾さんとの初対面のご挨拶の後、会場を見渡してみると、そこにはモローさんや吉沢さんをはじめこの業界では有名な方々や、建築家の伊藤さんの作品がありましたが、同じ空間におこがましくも並べさせていただきました。

067また会期中の3日間の中でライアー演奏をさせていただける機会にも恵まれました。演奏後にある方が、「CDはありませんか?」とお尋ねになりました。いつかはCDを作ってみたいと漠然とは考えていましたが、この出来事も後のCD制作に繋がっていったように思います。さかずに1日に3回の演奏の日もあって、正直きつかったのですが、終わった後にパーティでいただいたビールは最高でした。いろんな方との新たな出会いもあり、大変充実した3日間でした。

DSC03459

ひとくちに「シュタイナー芸術」と言っても実に多種多様な表現方法があり、またこれほど多くの方々が、日本においてシュタイナーの理念や彼の発したインパルスを芸術活動で表現しようとしていることに感動を覚えました。

今年になって6月から8月まで全国5カ所で、人形作家の角口さかえさんとのコラボ展を開催しました。そこでも作品展示とライアー演奏を行ったのですが、その可能性と原型がこの芸術展にありました。この芸術展に参加させていただいたことを心より感謝いたします。

2010.10.02

自分自身に向かい合うこと

 つい最近の話になるが、8月27日から29日にかけての3日間、私の職場である愛知シュタイナー学園幼児部・芽ばえのクラスを会場にして今回で2回目となる作品展をおこなった。作品展で自分がこれまでに制作してきた作品を、お客さんになったつもりで眺めてみると、確かにこれは自分が作ったものには違いないのだけれど、時として「これは本当に私が作ったものなのか?」という不思議な印象を受けることがあった。それは私が単に制作当時の作品に込めたコンセプトを忘れていたり、今ならこうするだろうと思ったりということだけではなく、歳月を経て、その作品がすでに何か固有の意志や生命のようなものを持ち始めているように感じることがあるからだ。
 ところで私の場合、作品づくりで何をやっているかと言えば、もちろん実質的には木や粘土といった物質に対して働きかけているのだが、よくよく突き詰めてみると「自分自身に向かい合うこと」。端的に言えばそういうことに尽きる。いい意味でも悪い意味でも作品の中に制作者の内面、その人自身が表れてしまうのだ。
 これまでに具象・抽象、さまざまな作品をこの世に生み出してきた。材料となるあの原木との出会いがなければ、この作品は誕生しなかったということもままある。ところで一括りに抽象作品と言ってもさまざまである。私たちの内面のある状態を表現しようとしたもの(喜び、悲しみ、不安、平安、葛藤・・・)、地水火風の在りようや関係性。また具象である動物、人物像、顔・・・私の制作しようとしている人間はどちらかと言えば神様の方により近い存在としてあるつもりなのだが、時にはあまりにも人間臭くなってしまうことがある。まるで自分自身を客観的に見せられているようで、「俺は何をやってんだ、はぁ・・・。」と自己嫌悪に陥ることも。 こんなものを作ったら人はどう思うだろうかと、人から見たらこんなふうに見えるであろうという自分自身のイメージを無意識に守ろうとしていたり。するとどこか自分とはかけ離れたものになってしまい、自分に嘘をついているようで、作っていてもちっとも面白くない。結局は自分の中にあるものしか出てこないのだが、自分にまとわりついているそういう殻のようなものを打ち破ってこその芸術活動なのだ。(と、いつか格好良く言ってみたい・・・)
 ある人に何年か前に、こんなことを言われたことがある。「智さんの作品はあたたかくて、温もりがあってとても優しいのはよくわかった。でもこれからはもっと激しさとか熱を感じられる作品を作ってほしい」と。
 昨年から、不思議な縁でほぼ10年ぶりに幼児教育の現場に戻ってきたが、それまでに経験してきたことは何ひとつ無駄にはならなかったという実感があった。それは10年前に小さな子どもたちの前に立っていた時とは違う自分を発見できたからだ。まだまだ試練の日々は続くが、ろうそくのように光を放ちながら自らを燃やし尽くすことができるよう、この人生を肯定できる自分でありたいと思っている。

       2010年 10月 Network 宙 「宙の星々」投稿記事

2010.08.28

第2回作品展

昨日から2回目の作品展を開催しています。今回は使い慣れている場所を借りることが出来たので、準備の段階から気分的にとても楽でした。いろんな方のいろんな感じ方があって、そういうものを聴かせていただくことは、とても貴重なことで、こういうことでもしない限りなかなかないことです。特に立体作品は写真ではわかりにくい、その作品の前に立ってまわりの空間を感じたり、見る角度によって違ったものに見えたり、印象が全く変わるということがよくあります。
 そしてうれしいなぁと感じる瞬間は、見に来てくださったお客さんに寛いでいただいたり、楽しそうに談笑されていのを拝見しているときです。3回目はいつ、どこで開催できるかな。
008_2

2010.07.19

4年ぶりの作品展

前回は名古屋の繁華街にあるギャラリーを借りてやったので、見知らぬ方がふらっと入って来てくださったりしましたが、今回はその点は難しいかな。でも会場が職場なので、レイアウトなんかは、かなり自由度が増して好きなようにできそうだ。こんな風に作っていますよっていう所を実演してお見せすることもいいですねえ。暑い時期ですが、お客様にはマッタリとおくつろぎいただいて、作品を見ながらライアーを聴いていただいたり、お茶していただければ嬉しいです。なかなか楽しみな3日間になりそうです。

より以前の記事一覧

バナー

April 2019
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ